私が「オペ看めろん」として発信する理由

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私は人一倍、不器用な人間でした。

看護学生のころ、朝のナースステーションで「なんで、この計画なの?」と聞かれ、答えられずにひとり立ち尽くしていたことがあります。周りのみんなが次々と病室へ向かっていくなか、私だけがそこから動けなかったんです。

睡眠時間を削って夜通し考えた看護計画は、白紙に戻されたまま。「この仕事は、私にはできない」と、あのときは本気で思っていました。

もしあなたが今、手術室で「私、向いていないのかも」と感じているなら、それはあのころの私と同じです。この先は、きっとあなたのための話です。

看護師に向いていないと思っていた

臨床実習が本格的に始まったのは、看護大学3年生のときでした。毎朝、臨床指導者さんにその日の看護計画を伝えるところから実習が始まります。

「ちゃんと勉強してるの?」「本当にやる気あるの?」と問われるたびに、頭の中が真っ白になっていきました。通りかかる看護師さんたちの視線が、背中に刺さるようだったのを今でも覚えています。

急いで立て直した計画も、結局は通りませんでした。「仕方ないから、清拭の準備だけして。そのくらいならできるよね?」と言われて、それすら自信が持てなかったんです。

何が駄目で、次はどうすればいいのか、最後まで分からないまま。怒られないようにと祈りながら、ただ時間が過ぎるのを待つ毎日でした。

勉強しても勉強しても、うまくできない自分が情けなくて。「向いていない」と言うことすらおこがましく、「この仕事は、私にはできないんだ」と薄々感じていました。

それなのに、このまま試験に受かれば、私は看護師になってしまう。このレールに乗っていていいのか、毎日分からなくなっていたんです。

あの孤独な朝の、ナースステーションの空気。私は、あの感覚を一生忘れないと思います。

一つの言葉が、手術室へ導いた

そんなとき、外部から来た先生の講義がありました。講義の最後に、先生はふと看護師の働き方について話してくれたんです。

「看護師として働いていれば、誰でも悩む瞬間がある。でも、働き方はひとつじゃない」

先生の友人には、手術室で働く看護師さんがいるそうでした。病棟とはまったく違う世界で、器械と向き合う毎日だけれど、とても楽しいと言っていたそうです。

「だから悩んだときは、いろんな働き方を知って、視野を広げてみてほしい」

先生にとっては、何気ないひと言だったのかもしれません。でも、出口の見えなかった私には、細い光が差したように感じられました。

その日から「手術室で働く」という言葉が、頭の片隅から離れなくなって。そして新卒で、私は手術室を希望しました。

たったひと言が、人の進む道を変えることがある。今度は私が、誰かにとっての「あのひと言」になりたい。

それが、オペ看めろんの原点のひとつです。

本当は、一緒に考えてほしかった

手術室で働き、後輩を教える立場になってから、あの実習のころをよく思い出すようになりました。自分の頭で考えることは、もちろん大切です。

それができるかどうかで、働いてからの伸び方が大きく変わることも、身をもって感じてきました。けれど、初めての場所で強く緊張していると、人はうまく考えられなくなるんですよね。

いつもならできることができなくなって、普段は絶対にしないミスまでしてしまう。あのころの私に必要だったのは、きっと答えそのものではありませんでした。

何が駄目で、なぜ駄目で、次はどうすればいいのか。それを一緒に振り返ってくれる人と、自分で考え始めるための土台がほしかったんです。

あのころの私が、いちばんほしかったものを届けたい。この思いが、私の発信のいちばん深いところにあります。

私も、理想の先輩ではなかった

ここは、正直に書いておきたいところです。あれほど苦しい思いをしたはずなのに、私自身も新人さんに厳しく接してしまったことがあります。

臨時手術が立て続けに入る日や、少ない人数と経験の浅いスタッフどうしで回さなければならない日。余裕がなくなると、あのころの自分の気持ちを、つい忘れてしまうんです。

理想の指導ができていないと、帰り道に何度も落ち込みました。だから私は、厳しい言葉を言う先輩だけが悪いとは思っていません。

余裕のない現場では、誰でもそうなってしまうことがある。それは、ひとりひとりの優しさが足りないからではなく、現場にゆとりが足りないからだと私は思っています。

だったら、現場の外に支えをつくればいい。忙しい先輩が教えきれないところを、私が発信で補いたい。

そう心から思うようになりました。

眠っている時間を守る仕事

手術室看護師は、患者さんの記憶にほとんど残らない仕事です。麻酔がかかれば、患者さんは手術中のことを覚えていません。

それでも私は、この仕事を「患者さんが眠っている時間に責任を持つ仕事」だと思っています。自分で自分を守れないあいだ、その時間を丸ごと預かる仕事なんです。

この仕事をしていてよかったと、心から思えた日があります。初めて全身麻酔を受ける、40代の女性の術前訪問でした。

言葉にしなくても分かるほど、とても怖がっていらっしゃって。私は、用意していた説明をいったんやめることにしました。

この状態で説明を続けても、きっと緊張を高めるだけだと思ったからです。代わりに、手術をどう受け止めているのか、今どんな気持ちなのかを、まず聞かせてもらいました。

少しずつ表情がやわらいでから、手術の流れをゆっくりお伝えして。帰り際、その方にこう聞かれたんです。

「明日は、あなたもいてくれるの?」

「はい、私も入ります。手術室でお待ちしていますね」とお答えすると、「良かった。それなら安心して手術室に行ける」と言ってくださいました。

実習で「何もできない」と思っていた私でも、誰かの不安を少しだけ軽くできた。あの日の嬉しさは、今も胸の奥に残っています。

手術室看護は、こんなにも尊い仕事です。だからこそ、この仕事を「辛いだけの場所」で終わらせてほしくないんです。

勉強ノートから始まった発信

発信のはじまりは、実は自分のための勉強ノートでした。覚えた手術の手順はブログに、図でまとめたスライドはInstagramに、ときどき載せていただけなんです。

すると「もっと見たい」という声が届くようになりました。

手術看護は少しマイナーな分野だけれど、同じように学びたい人がいる。それが分かったとき、本当に嬉しかったのを覚えています。

やがて、「手術室が辛いです」「手術看護が苦手です」というメッセージも届くようになりました。現場でも、異動を強く希望する人や、辞めていく人を見てきました。

心が疲れて、出勤できなくなってしまった人もいます。その姿を見送るたびに、胸が締めつけられました。

辛いと思いながら、誰にも言えずに我慢して働いている人がいる。それを知ってしまった以上、私は黙っていられませんでした。

私が発信をやめない理由

あるとき、こんなメッセージが届きました。

「めろんさんのおかげで、手術看護が楽しいと思えるようになりました」

「めろんさんがいてくれたから、手術室が辛くなくなりました」

画面の向こうで、誰かの明日が少しだけ変わった。その事実が、何よりも嬉しかったです。

私の発信を待ってくれている人がいて、応援してくれている人がいる。その気持ちを途中で投げ出すことは、私にはできません。

10年後、子どもに「ママはどんな仕事をしていたの?」と聞かれたら、私はこう答えたいと思っています。

「手術室看護師。そして、手術室看護師のための教育コンテンツをつくっていたよ」

胸を張ってそう言えるように、私はこれからも、手術室で働く看護師さんのために書き続けます。

オペ看めろんが伝えたいこと

私が発信でずっと大切にしていることが、3つあります。

考えるための土台を渡す

私が届けたいのは、丸暗記の答えではありません。なぜそうするのか、つまずいたら何を振り返ればいいのか、自分で考えて現場で動けるようになるための土台です。

新人指導で「どう伝えたら伝わるか」を考え続けてきた経験は、すべてここに込めています。

合わない気持ちも否定しない

「手術室にだけは行きたくない」という声も、たくさん聞いてきました。手術室は特殊な部署なので、そう感じる人のほうが多いのかもしれません。

合う、合わないは人それぞれで、その気持ちに優劣はありません。あの日の先生が教えてくれたように、看護師の働き方はひとつではないからです。

ひとりで戦わせない

手術室の悩みは、病棟の同期や家族にはなかなか伝わりません。だからこそ私の発信は、現場で一緒に戦い、ともに乗り越えていくためのものでありたいんです。

理想論ではなく、現場のリアルな悩みや苦しさを知っている人間として、あなたのそばにいたいと思っています。

私の願いは、ひとつだけです。手術室で働く看護師が、ひとりで泣かなくていい現場にしたい。

そして、手術室看護の中にある「楽しい」を、ひとりでも多くの人に知ってほしいんです。

不安を抱えるあなたへ

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。最後に、今これを読んでいるあなたへ、私から伝えさせてください。

朝、手術室へ向かう足が重い日があるかもしれません。器械の名前が覚えられなくて、先輩に聞くタイミングもつかめなくて、手術のあと更衣室でひとり涙がこぼれる日もあるかもしれません。

「私、向いていないのかな」と、自分を責めてしまう夜もあると思います。でも、どうか覚えていてください。

できないのは、あなたがダメだからではありません。初めての場所で、まだ考えるための土台がそろっていないだけなんです。

ナースステーションに取り残されていた不器用な私でも、手術室で10年働くことができました。それは私が特別だったからではなく、たくさんの人に支えてもらえたからです。

だから今度は、私があなたを支える番だと思っています。分からないことがあったら、いつでもここに戻ってきてください。

ブログには、手術の流れや器械出し・外回りのポイントを、私自身がつまずいたところから順にまとめています。誰にも言えない悩みは、Instagramのメッセージや質問BOXで、そっと聞かせてくださいね。

届いたメッセージには、私がひとつずつ、自分の言葉でお返事しています。あなたの「分からない」や「しんどい」が、次にお届けする記事や動画になることもあるんです。

そして、もし手術室が合わないと感じても、それはあなたの価値を下げるものではありません。どの道を選んでも、あなたが看護師として積み重ねてきたものは、なくなりません。

「難しい」「分からない」「怖い」が、少しずつ「分かった」「できそう」「楽しい」に変わっていく。その変化を、これからもいちばん近くで一緒に見届けさせてください。

あなたは、ひとりじゃありません。手術室の外にも、あなたの味方がここにいます。

明日のあなたが、今日より少しだけ軽い気持ちで、手術室の扉を開けられますように。心から、そう願っています。

オペ看めろん🍈

📷 Instagram:@melon.openurse

▶️ YouTube:手術室10年🍈オペ看めろんの解説

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